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東京地方裁判所 昭和47年(むのイ)211号 決定 1972年4月04日

主文

原裁判を取消す。

理由

一、本件準抗告申立の理由は別紙(一)記載のとおりである。

二、(一) 原裁判官は検察官の本件被疑事件についての昭和四七年四月三日付勾留請求に対して、同日付をもつて『被疑者は、すでに本件被疑事実と同一の事実但し、共犯者については、「ほか多数の同盟員と共謀のうえ」とあり。)を含む五個の被疑事実による昭和四七年一月九日の勾留請求に基き同月一〇日勾留せられ(その勾留は期間の延長があつて)、同月二八日釈放されたものであることが明らかである。ところで、被疑者に対する同一被疑事実による勾留は、やむを得ない事由があるとすべきときであつても、また、その回数を一回に限らないとしても、勾留期間は通じて二〇日間を超えることができないと解すべきであり(このことは前の釈放をされた後に、新たな証拠が発見される等の事由が生じた場合でも同一であると解する。)本件に関しては、すでに右の二〇日間の期間の勾留を経ているのであるから、本件の再度の請求を不適法として却下すべきものとする』との理由を付してこれを却下している。

(二) 関係記録によると被疑者は別紙(二)記載のとおりの五件の爆発物取締罰則違反事件について、昭和四七年一月七日逮捕され、引続き同月九日付の勾留請求により勾留および勾留期間延長の裁判を受け、勾留期間満了の日である同月二八日までの間身柄を拘束されていたことおよび本件勾留請求にかかる被疑事実(別紙(三)記載)が右五件中の一件であることがそれぞれ明らかである。

(三)  思うに同一被疑事件について先に逮捕勾留され、その勾留期間満了より釈放された被疑者を単なる事情変更を理由として再び逮捕勾留することは、刑訴法が二〇三条以下において、逮捕・勾留の期間について厳重な制約を設けた趣旨を無視することになり、被疑者の人権保障の見地から許されないものといわざるをえない。しかしながら、同法一九九条三項は再度の逮捕が許される場合のあることを前提にしていることが明らかであり、現行法上再度の勾留を禁止した規定はなく、また、逮捕・勾留は相互に密接不可分の関係にあることに鑑みると、法は例外的に同一被疑事実につき再度の勾留をすることも許しているものと解するのが相当である。そして、いかなる場合に再勾留が許されるかについては、前記の原則との関係上、先行の勾留期間の長短、その期間中の捜査経過、身柄釈放後の事情変更の内容、事案の軽重、検察官の意図その他の諸般の事情を考慮し、社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められる場合に限るとすべきであると思われる。このことは、先に勾留につき、期間延長のうえ二〇日間の勾留がなされている本件のような場合についても、その例外的場合をより一層限定的に解すべきではあるが、同様にあてはまるものと解され、また、かように慎重に判断した結果再度の勾留を許すべき事案だということになれば、その勾留期間は当初の勾留の場合と同様に解すべきであり、先に身柄拘束期間は後の勾留期間の延長、勾留の取消などの判断において重視されるにとどまるものとするのが相当だと思われる。

(四) そこで、本件についてみると、関係記録により本件事案の重大さ、その捜査経緯、再勾留の必要性等は別紙(一)記載の申立理由中に記載されているとおりであると認められ、その他、前回の勾留が期間延長のうえその満了までなされている点についても、前回の勾留は本件被疑事実のみについてなされたのではなく、本件を含む相互に併合罪関係にある五件の同種事実(別紙(二))についてなされたものであることなどの点も考慮すると、本件の如き重大事犯につき捜査機関に充分な捜査を尽させずにこれを放置することは社会通念上到底首肯できず、本件について被疑者を再び勾留することが身柄拘束の不当なむしかえしにはならないというほかなく前記の極めて例外的な場合に該当すると認めるのが相当である。

(五) 以上によると本件準抗告は理由があり、本件の勾留請求を却下した原裁判は違法といわねばならないので、同法四三二条、四二六条二項を適用してこれを取り消し主文のとおり決定する。

(新関雅夫 片岡安夫 安廣文夫)

別紙(一)

一、同一事実についての再勾留は絶対的に許されないものではなく、格別の事情変更があり、やむを得ない場合には再度の勾留が許されるべきであり、本件は次に述べる通り再勾留が認容されるべき事案である。すなわち

1 刑事訴訟法上起訴前の勾留が原則として一〇日間、延長を認められた場合にはさらに一〇日間と定められていることは、人権保障の建前から捜査のための勾留期間は右の限度に限ることを明らかにしたものであつて、右の法定の期間勾留をしたのち、さらに同一事実について再び勾留して捜査を行なうことが原則として許されないものであることはいうまでもない。

2 しかしながら、捜査は時間の経過とともに段階的にその実体形成の変化していくものであつて本件についてこれを見れば

(1) 本件は、共産主義者同盟戦旗派の秘密軍事組織が赤軍派に呼応して敢行した連続爆弾斗争の一環として行なわれた事案であるところ

(2) その捜査の経過は

イ、火薬類取締法違反等の容疑により京都府警察本部に逮捕されたHがTと共に爆弾を製造したことを自白し、その供述によつて右製造にかかる爆弾の一部が本件被疑者Oにも手渡され使用された疑いがあつたため、本年一月七日被疑者Oを逮捕、勾留状の発付をうけて鋭意捜査を続けたが被疑者は犯行を否認していたうえ、被疑者が右爆弾をいずれの個所に仕掛けたかを明らかにすることができなかつたため一月二八日やむなく同被疑者を釈放した。

右の際における勾留事実は本件のほか昭和四六年九月二二日警視庁第四機動隊猶興寮における爆弾事件、同年一〇月二四日、板橋警察署仲宿派出所裏における爆弾事件、同月二五日目白警察署長崎神社前派出所付近における爆弾事件、同年一一月一一日東京地方検察庁における爆弾事件を被疑事実とするものであつたが、右勾留期間中には被疑者が右各爆弾事件のいずれに具体的に関与しているのかを解明することができなかつたため釈放するに至つたものである。

ロ、ところが、その後の捜査によつて竹谷俊一が本件爆弾事件に関与している疑いが濃厚となり、本年三月四日Tを取り調べたところ、同人は本件犯行を被疑者O、Nと共謀して敢行した事実を自白し、被疑者Oが隊長であつて本件犯行の責任者であり、かつ実行行為者であることが明白となつたため、被疑者を再逮捕したうえ犯意の形成過程、他の爆弾事件との関連性について再度追及する必要性が生じたものである。

3 叙上の捜査経過から明らかなように、前回の勾留期間中には被疑者が一連の爆弾事件に関与している疑いがあつたにとどまつたところ、Hがその供述中において名前を出していなかつたTが有力容疑者として浮び指名手配されるに至つたが、前回Oの勾留期間中には同人を逮捕するに至らず、三月六日に至つてようやく逮捕したものであるところ、同人が自供するに至つたため本件捜査は急速に進展をみるに至つたものであつて、右の新たな証拠によつて、被疑者に対する犯罪の嫌疑が濃厚となるという格別の事情変更があり、しかも被疑者尾崎はなお黙否を続けている事情もあり本件のような組織的かつ重大な事犯について右のような格別の事情がある場合においてもなお再度の勾留は許されないと解することが果して刑事訴訟法の合理的解釈といえるであろうか。

もとより前記の如く同一事実についての再度の勾留は原則として許さるべきものではなく捜査官としては事前の捜査に十分な努力をつくし被疑者を勾留した場合には法定の期間内はその処理をなし得るよう万全の措置をとるべきは勿論であるが、強制捜査を行なつても常に必ずしも公訴の提起をなし得るに十分な証拠を蒐集することが期待しうるものではなく、場合によつては相当の嫌疑があるに拘らず釈放することもあり得るところであつて、この場合後日新たに証拠を発見して被疑者の嫌疑が一層濃厚となり、しかも犯行の重大性が判明するに至つた場合においてなおも任意捜査によるほかその取調べができず、ひいては結局真相が究明されないまま終るとあつては、刑事訴訟による正義の実現は偏頗なものとなり、国民の正義感も満たされず真の公共の福祉も達成し難い結果となるものと言わざるを得ない。

しかして、刑事訴訟法第一九九条三項は検察官等が逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときはその旨を裁判所に通知しなければならない旨規定し、同一事実について二度以上逮捕状を請求することもこれを発付することも認めていてこの場合前に発付された逮捕状がすでにそれによる逮捕の行なわれたものであるかどうかは問題としていない。そして刑事訴訟法が被疑者の身柄に対する強制処分について定めている条章を総合すれば、そもそも逮捕は勾留の前置手続ともいうべきものであつて逮捕と勾留は被疑者の身柄に対する強制処分として相関関係にあり留置の必要のある事件において逮捕は認められるが勾留は認められないというが如く両者を切り離した制度としてみることは不合理であるから再度の逮捕が勾留請求に発展することもまた法の認容しているところといわねばならない。これを要するに、法第一九九条第三項は前記のような公共の福祉と再度の逮捕勾留による被疑者の人権の保障との統一調和を図り、同一の事実について前の逮捕状の請求又はその発布があつても再度の逮捕状の請求を認めるとともに、この場合においてはその旨を裁判所に通知させることにより裁判官をしてその逮捕状の請求ならびに逮捕に引続く勾留請求が逮捕勾留の不当な繰り返しであるかどうかを検討のうえ、慎重にその請求の許否を判断させることとしているものと思料される。

このことは、本件と同様に科刑上の一罪たる牽連犯の事実の一部についての再度の勾留請求を却下した裁判に対する準抗告裁判において、さきに東京地方裁判所が再勾留を認容している事例および常習一罪を構成する事実の一部について同様神戸地方裁判所が、「包括一罪の事件につき勾留され保釈後新たに従前の包括一罪に包摂される所為をなした者について訴因追加の事実となるべき被疑事実につき新たに勾留をなしうるか否かについては現在のところこれを論じた判例学説は見当らない」としながら「当裁判所は(再逮捕勾留の可否について)積極説をとる。その論拠はまず消極説のいう一事件一勾留の原則は手続法において形式面における人権保障の目的にでたものであるけれども捜査の必要という手続法上の緊急不可欠な要請がある以上特殊例外的に右原則を破ることが必ずしも許されないものではないと考えることが社会通念に合致する。けだし保釈後の所為につき強制捜査が許されないとすれば、これにつき捜査機関は拱手傍観していなければならなくなるおそれがあるからである」と判示して再勾留を認容している事例、さらには山口裁判所が二〇日勾留したのち釈放された被疑者を右勾留事実と同一事実によつて再度勾留したとしても、右再勾留が、勾留の不当な繰り返えしを目的としたものでないかぎり適法であるとして両勾留を認容している事例に徴しても明白である(東京地裁昭和三三年二月二二日決定・第一審刑事裁判特報第一巻二号、神戸地裁昭和四二年一月九日決定、山口地裁昭和三九年三月決定・別添資料2各参照)

もつとも本件決定は再度の勾留を絶対に許さないとするものではなく、前回の勾留期間が二〇日に及んでいることを理由とするもののごとくである。しかしながら今回の勾留は前回の勾留の継続ではなく全く別個の決定に基づく勾留であるからその期間の計算などは全て新規に行なわれるものであつて前勾留の勾留期間の長短は勾留ないし勾留延長の必要性の判断に影響を与えることはあつても前勾留の勾留期間の長短によつて今回の勾留の適法、不適法が決せらることはなく本件決定はこの点においても法解釈を誤まつたものといわなければならない。なお前記山口地裁の決定は、まさしく前勾留において二〇日間勾留されている被疑者を同一被疑事実で勾留することを認めたものである。

4 以上述べた如く、本件はまさに例外的に再勾留が認容されて然るべき事案であると思料する。

とくに、被疑者の属する共産同RGは共産主義者同盟戦旗派の秘密軍事組織であり、共産同赤軍派と並ぶ最過激集団であるところ、共産同RGの機関紙「赤報」三月二三日付特別号(別添資料1)によれば共産同RGは、今日においてもいわゆる連合赤軍による浅間山荘の銃撃戦を支持する立場におり、日本における革命戦争は爆弾の使用から銃火器の使用に向かうべきであるとしていることが明白で、今後引き続いて本件のような爆弾斗争を展開していくことが推認されるのであるから、この際徹底的に真相を解明し、関連する爆弾事件についても解決の糸口を掴むことが肝要であつて、本件のごとき特殊重大事案について、かつ前回の勾留当時に存在しなかつた新たな証拠によつて犯罪の容疑が濃厚になつた場合においても単に勾留事実が先の勾留事実と同一であるという理由のみをもつて勾留請求を不適法として却下したことは法律の解釈を誤まつたものといわざるを得ない。

また被疑者は前回の勾留の際は犯行を否認し、今回も事実関係について黙秘しているうえ、本件犯行の組織性にかんがみ現段階で被疑者を釈放すれば他の共犯者らと通謀して証拠いん滅の挙に出ることは明らかであるばかりでなく、本件の重大性を知る被疑者が逃走するおそれは極めて大であるといわなければならないから原裁判を取り消して、被疑者を勾留し、かつ接見交通を禁止されたく請求する次第である。

別紙(二)

被疑事実の要旨

被疑者は共産主義者同盟関西派の軍事組織である共産同RG(突撃隊)に所属するものであるが同派がかねてから軍事方針を強化し、警察施設、検察庁等に対する爆破を計画し、その機会を狙つていたところ、他党派の爆弾事件に呼応し、その爆破実行を企て他多数の同盟員と、共謀の上

第一、昭和四六年九月二二日午前七時ころから同七時二〇分ころまでの間、治安を妨げ、その身体財産に危害を加える目的をもつてKまたはAことTならびにHらが製造の鉄管に塩素酸加里ピクロン酸、砂糖を混合した薬物を入れ、金魚飼育用ビニールパイプに綿をつめ、スポイトに濃硫酸を入れた落下流入式のスポイト爆弾を

東京都新宿区市ヶ谷左内町二九

警視庁第四機動隊猶興寮

に仕掛け使用し、これを爆破せしめ、

第二、昭和四六年一〇月二三日午後一一時五〇分ころ前記目的方法構造をもつて製造した爆弾を

東京都板橋区栄町三五の三

板橋警察署養育院前派出所裏

にこれを使用し仕掛け

第三、昭和四六年一〇月二四日午前〇時ころ、前記目的方法構造をもつて製造した爆弾を

東京都板橋区氷川町一三の二

板橋警察署仲宿派出所裏

にこれを使用し仕掛け

第四、昭和四六年一〇月二五日午前一〇時三五分ころ、前記目的方法構造をもつて製造した爆弾を

東京都豊島区長崎一の二の一

西武鉄道池袋線椎名町駅上りホームと

目白警察署長崎神社前派出所の間

にこれを使用し仕掛け

第五、昭和四六年一一月一一日午後一時一五分ころ前記目的方法構造をもつて製造した爆弾を

東京都千代田区霞ヶ関一の一の三

東京地方検察庁B棟四階

女子用便所内

にこれを使用し仕掛けて爆発せしめたものである。

別紙(三)

事実

被疑者は共産主義者同盟関西派の軍事組織である共産同RG(突撃隊)に所属するものであるが、同派のK、Nと共謀の上、治安を妨げ、かつ、人の身体財産に害する目的をもつて、

昭和四六年一〇月二三日午後一〇時三〇分ころ

東京都板橋区栄町三五番三号

警視庁板橋警察署養育院前派出所裏に、トリニトロトルエン、ピクリン酸ナトリウム、塩素酸ナトリウムを混合した爆薬を鉄パイプに充填した時限装置付手製爆弾、通称スポイト爆弾を設置し、もつて爆発物を使用したものである。

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